〈青の封印/金の鍵〉
これはだれも知らないお話。
2人だけの小さな神話。
***
「あぁぁっ!・・・オレ・・・ばんちゃ・・・はやく逃げっ・・・」
今日も仕事にありつけず、いつもどうり深夜の
新宿中央公園でスバルの中くだをまいていた。
何となく2人ともまだ眠る気になれなくて。
カーラジオを静かに聞いていただけなのに。
「・・・ったく何でいきなしっ!!・・・おい、銀次!ぎんじっ!」
「ダメッ・・・もう・・・止めらんないっ!逃げてっ・・・くっ・・」
「銀次!」
銀次が突然、雷帝化し始めてしまったのだ。
『・・・臨時ニュースを繰り返します。先ほど新宿コマ劇場前で
無差別殺人と思われる事件が発生いたしました・・・
・・・男はハライセだ、クビになったウラミだ等とわめきながら
次々と通行人を刺したもようで・・・』
「コイツか!このニュースが原因かよ・・・」
以前にもこんなことがあった。銀次と出会ってスグの頃。
無限城の外界でも、人々がイミもなく殺されている事を知って
『雷帝』は何度も暴発しそうになったのだ。
・・・それで、蛮は、雷帝を封印したのに・・・。
「なぜ、ヒトは人を殺すんだ・・・こんなに平和な場所で・・・
何が不満だ?・・・生き残るために・・・殺すことの重さを・・・
殺されることの重さを・・・なぜヤツラは解ろうとしないっ!!」
凄まじい電撃を危ういところでかわして
蛮はスバルの外へ転げ出る。
「銀次ーっ!危ねェ!ともかく車から降りろっ」
しかし、もはや言葉は届かない。すでに雷帝は
「ライテイ」に変貌している。
「ぎんじーっ!!」
スバルが炎に包まれる。
そして、電撃と共に跡形もなく吹き飛ぶ。
悪夢のような熱波と閃光がゆらめいて・・・
―――ヒトのカタチをしたプラズマが、ゆっくりと姿を現した。
「・・・よォ。ひっさしぶりだなぁ?・・・ライテイ・・・」
「・・・美堂・・・」
銀次が蛮を『美堂』と呼ぶ。
100%覚醒の、証。
「イイ子にしてろって、あんだけ言っといたよなぁ?オレ・・・」
「・・・・・・」
「・・・オレらのアシ、ぶっ壊しやがって・・・」
「ギンジがオレを起こした。ならば、それはギンジが
望んだことだ」
「るっせーよ。言い訳してんじゃねェ。とにかく・・・
テメーは帰れ!!」
「!」
めったに出さない『ホンキ』のスネークバイトで
ライテイの首を狙う。
しかし、プラズマの化身を捕らえることが出来ずに
蛮はあっけなく弾き飛ばされた。
「・・・・・・っつ・・・」
「ギンジのジャマをするな。ギンジの望むことを、
オレは成し遂げねばならない・・・この街を・・・消す!」
「ま・・て・・・ンのヤロー・・・」
ライテイのパワーが予想以上に増していた。
こうなってしまっては、もう・・・・・・。
己の持てる魔力を全て使い尽くすしか、手だてはない。
明日、何があろうとも、邪眼は使えなくなる。
それに・・・。
「チッ・・・しゃーねェな・・・」
―――2度とやりたくはなかったのによ・・・。
再び、ライテイが封印された。
***
血の気を失った白いカオで、銀次は蛮に
縋り付いていた。
「蛮ちゃん・・・ばんちゃん・・・ゴメン・・・ゴメンネ」
「いーからテメーは寝てろっての」
公園の車道から、銀次をベンチに移したところで、
蛮も力尽きて隣に座り込む。
「蛮ちゃ・・・!」
「心配すんな。オレ様は無敵だ」
「だって・・・だって・・・オレ」
「いいか?これは、おめーのせいじゃねぇ。
・・・何かワケがあんだ、ぜってー」
『刻』が動いたのだろうか。
ブレイン・トラストの仕業か。
・・・ いや、それらとは違うようだ。
「だから、もう泣くな。寝てろ、銀次。
今、おめーは半死も同然のダメージを受けてんだからよ」
「蛮ちゃんも・・・真っ青だよ・・・そんなにワガママだった?
ライテイのヤツ・・・」
「おめー・・・ほどじゃ・・・ねェよ・・・クッ」
それまで気丈にしゃべっていた蛮が、頭を抱えて
苦しそうな呼吸をし始めた。
「蛮ちゃん・・・?」
「・・・タバコ・・・買ってくらァ・・・そこで・・・待って・・・ろ
ぎん・・・じ」
フラつく足取りで、蛮は少しでも銀次から離れようと試みる。
しかし、2・3歩あるいたところで倒れ込み、うずくまってしまう。
「・・・アスク・・・が・・・ツッ・・・来んな・・・ぎん・・」
「蛮ちゃんっ!」
蛮の腕や足から、紫のもやが立ちのぼってきた。
銀次は、思わずベンチから起きあがったが
激しいめまいに襲われて、その場にくずおれてしまった。
「はっ・・・う・・・クソッ・・・―――ぁあっ!」
紫煙が濃さを増して、蛮の体を包んでゆく。
銀次の薄れゆく意識は、視界の隅にとらえた
蛮の姿に引き戻された。
***
「ばん・・・ちゃんっ・・・!!」
そうだ。あの時もこうだった。オレは・・・覚えているよ。
蛮の魔力が極限まで低下すると、右腕に宿した
アスクレピオスは、蛮のくびきを逃れるべく
体内から食い破ろうと暴れ出す。
力なき者に、魔獣を召喚する資格など無いのだ。
これは、サモナーの宿命。
力なき者に、魔獣は仕えてはならぬのだ。
これは、サモナーとの契約。
前にライテイを封じてもらった時も2人は死んだように
横たわっていた。
半ば意識を失いながらも、銀次はソレを見たのだ。
蛮の傷口からにじみ出る、血ではない『何か』を。
やがてソレが意志を持った存在であり、
とても辛そうで、とても悲しそうなことがワカったから。
銀次はソレを優しく抱きしめてやったのだ。
無意識に。本能で。
あとでソレが『アスクレピオス』だ、と蛮から聞いた。
「力」以外でヤツを手懐けたのはおめーが初めてだ、と言われた。
いきなり抱きつかれて驚いたんで、アスクは
思わず引っ込んじまったんだとよ。
おめーがお人好しで助かったぜ・・・そう言って笑っていた。
だから、もし、また「会う」ことがあったら。
こんどは名前を呼んであげようと、思っていたんだっけ・・・。
銀次は気力を振り絞って蛮のもとへ這寄ると、
紫煙越しに蛮の方へ手を伸ばした。
「あうっ・・・くっ・・・蛮・・・ちゃん」
わずかに掠っただけの紫煙が、銀次の精気を
急速に奪ってゆく。
全身を包まれて倒れた蛮のダメージを想像するのは、コワかった。
「は・・・なせ・・・ぎ・・・んじ・・・」
「イヤ!絶対離さない。知ってるんだ・・・オレは。
蛮ちゃんも、アスクも、もっと仲良くできるって!」
「ヤツは・・・もう・・・オレの手を・・・離れてんぜ?」
「大丈夫。呼んであげるんだ、トクベツな名前で」
「ぎんじ・・・」
銀次は身を起こして蛮を抱きしめた。
「いい?いくよ、蛮ちゃん。オレが、アスクに
話しかけるから。タイミングをみて、呼び戻してあげてね」
「・・・ああ・・・」
ねぇ・・・ソコにいるんでしょ?
あのね、名前を呼びに来たんだよ?
そのチカラの象徴、「アスクレピオス」じゃあなくってね。
キミの名前を呼びに来たんだ。
ワカるんだ、オレ。キミの辛さが・・・。
オレも雷帝って・・・ずっと呼ばれてて・・・雷帝って
呼ばれ続けることで、「力」だけが一人歩き・・・するんだよね。
だれだって、なんだって、「じぶん」のコト、呼んでもらいたい。
だから、オレ、ちゃんと考えといたんだ。
ね。・・・・・・『あっくん!』
残されていたありったけの力を銀次は解放した。
攻撃のための電撃ではない、金色の淡い光りを放つ。
紫煙が魅入られたかのように、その光りへ向けて集結した。
「おかえり。あっくんv・・・もう、蛮ちゃんに
迷惑かけちゃ、ダメだよ?」
光りと戯れるソレは・・・美しい紫の、小さな蛇をかたどった。
「・・・あっくん・・・かよ・・・」
蛮が右手を差し伸べてやると、アスクはするすると
素直に戻ってきた。
暴走するアスクレピオスを、止められるのは銀次だけだ。
輝くその優しきカイナで
禍々しきモノをすら、受け入れる。
「何だか知んねーが、厄日だな?ったく・・・」
「んぁー。ハラへった〜。も・・・ダメ」
今度こそ本当に力尽きて、2人はぶっ倒れた。
***
――――これはおまえ達が望んだことだ。
幾度口づけを交わそうとも
幾度躯を重ねようとも
足りなかったのだろう?
互いが必要だという、理由が。
離れられない、確かな理由が、
欲しかったのだろう?
魔性の者よ。おまえは青き封印。
ディアブロよ。おまえは金の鍵。
互いに閉じこめ、押さえつけ、束縛し合うがいい。
忌まわしきサガを覆い隠し、ねじ伏せ、支配し合うがいい。
これが、おまえ達の望んだことだ―――
***
2人は同時に目覚めた。
見慣れたスバルの中。ついでお互いの
曰くありげな横顔が視界に入る。
「蛮ちゃん・・・。いつもみたく『ジャスト1分だ』って、
ゆってくれないの?」
「―――。」
「今の・・・邪眼でしょ?」
「・・・・・・。」
「オレ、ユメ、見れたよ?悪夢・・・なの?
最後の方、とてもね、不思議だった。あれ・・・何?」
「オレじゃねェよ」
「えっ?」
「邪眼なんざ、かけてねェのによ・・・
たぶん・・・おめーと同じ夢を見た」
「どういうコト?」
思わず顔を見合わせる。
そうしていれば、瞳の奥に、答えがあるかのように。
見つめ合う。
・・・答えはない。
おなじ戸惑いが、異なる色に映しだされているだけ。
「青き封印・・・だとよ」
「金の鍵って、ゆってたね。あれ、だれの声かなぁ」
「・・・チキショ。何だってんだ?こりゃぁよ」
蛮がタバコを吸おうとして、右手を挙げかけた。
「うあ〜。蛮ちゃんの手、光ってるよ!」
そう言って指さした銀次の右手も・・・。
ばんのみぎてが青くひかる。
ぎんじのみぎてが金にひかる。
はめつへのともしびを
きせきのかがやきにかえてごらん。
「なぁ・・・この右手は、おめーを支配してんのか?」
「オレの手は・・・蛮ちゃんを束縛してるのかなぁ?」
ふういんってなに?
かぎはなんのためにつかうの?
「ね、蛮ちゃん・・・封印ってさぁ、優しいよね」
「あ?何でだよ」
だって・・・・・・。
必要のないモノならば、存在が許されないのなら
消せばいいだけのこと。
でも、封印は。
いつか眠りから覚めるときまで、
大切に・・・とっておくことだから。
決してそれは、邪悪なモノではないのだから。
「鍵・・・ってゆわれたオレの方がさぁ。なんか自由を
奪ってる存在みたいで・・・」
「カギってのは・・・よ。閉じこめるだけのモンじゃねーだろ。
逆に奪られるのを防いだりする役目も・・・あんじゃねェのか?」
「んっ・・・そっか。そうだね」
失いたくないモノは、無くしたくないモノは、
大切に、たいせつに、カギをかけて仕舞っておく。
そうだね。
どちらもおたがいをまもるものなんだね。
***
『神の記述』などなくとも、この世界は己の精神によって
創られていることを、2人はまだ、知らない。
互いへの想いが作り上げた、一瞬の奇蹟。
これは、だれも知らない小さな神話。
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あ〜ぁ。
ありがちな内容。しかもユメオチ。
でもネ。一度は書いてみたかったので、ゆるしてネ。
雷帝の封印。
2人の絆。
そして、サモナーばんちゃん。(笑)
んー。でも、何かヘンな話になってしまいまシタ。
まぁ、これは、番外編ってコトで。
「あっくん」と銀次のコメディーも
書いてみたいなァ・・・。
2003.07.30 by 真。