〈空模様・心模様 C晴れ〉
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自分なりに覚悟を決めて見せたハズだったが
銀次の強ばった表情は、さすがに蛮の心を重くした。
―――竦んだ躯・・・・見開いた瞳・・・青ざめた肌・・・。
本性と対峙した者達は、押し寄せる恐怖感に打ち震えながらも。
やがて、どこか恍惚として動かなくなる。
いつしか、魂を支配される悦びに・・・身を委ねてゆく。
ウンザリする程、見慣れた反応だってのに。
ヒトは、恐怖だけになら、耐えられる。立ち向かえる。
しかし。
ヒトは、誰しも背徳やタブーに惹かれる側面を持っている。
故に。
魔性のモノに魅入られて、自我を見失ってゆく。
―――これが、魔女の血の、本当の恐ろしさだった。
*****
「銀次!」
「あ・・・蛮ちゃん・・・」
銀次は我に返ると、浮遊感の残るアタマを一振りした。
「銀次、そんなに側にいてぇっつーなら・・・オレに電撃かましてみろ」
「えっ・・?・・・なんで・・そんなコト・・」
「出来ねぇなら・・・無限城に帰れ」
蛮の口から冷たく言い放された言葉が、一瞬信じられなかった。
「・・・それが・・オレに許された・・・答えだってゆうの?」
「ああ」
「やだよ・・蛮ちゃん・・自分で考えて・・選べってゆったじゃないか」
蛮は、何も答えない。
銀次は、蛮に詰め寄ろうとして、異変に気づいた。
「アレ・・・動けない・・・なんで・・だよ」
「ソレは、オレの本性に・・つまり魔女のチカラに屈してるってこった」
「魔女の・・・チカラ・・・?」
「オメーはソチラ側の人間だからな」
いくら相手を取り込める銀次といえども、これまでと勝手が違う。
魔族とヒトとでは、次元が違う。
渡り合うのはムリだ。
「電撃ヒトツかませねぇんじゃ、話になんねぇ」
「・・オレは大丈夫だよ・・戦える・・・蛮ちゃんの側にいるためなら・・」
そう必死で言い募るものの。
まるで鎖で縛られたかのように、躯がいうことを聞かない。
「・・くっ・・・」
「な?・・・気持ちだけじゃぁ、どーしようもねぇコトだろ・・」
蛮が、静かな口調で、諭すように答えた。
「無限城なら、さすがに一族のヤツラもそうそう手出しは出来ねぇだろ。それと・・・」
「蛮ちゃん・・・?」
「オメーの取り巻きも、必死で守ってくれんだろうし」
「蛮ちゃん・・・!」
まるで依頼内容を説明するかのように、淡々と話す蛮の声。
ただ黙って聞いてるだけなんて、耐えられない。
銀次は精一杯の反論を試みた。
「蛮ちゃん・・おかしいよ・・まだオレが襲われると、決まったワケじゃないし・・」
「何かコトがあってからじゃ、遅ぇ」
「一族の人達とだって・・話し合えば解ってもらえるかも・・」
「甘ぇよ。そりゃ、絶対ねぇな」
「・・・・・・。」
銀次がうなだれると、額から、汗が流れ落ちた。
コレ以上銀次にダメージを与えるなんて出来ない。
もう終わりにしよう。
「わーったろ?どんだけ強ぇヤツだろうと、所詮ヒトは・・魔物にゃ勝てねぇんだよ」
「そんな言い方・・しないで・・よ」
蛮が口にした言葉に、銀次は切なげに眉を寄せた。
目の前にいるのは、こんなにも大好きなヒトなのに。
本性を解放してるからって、蛮の姿はいつもと何一つ変わらないのに。
何で、こんなに怖いんだろう。
何が、こんなに怖いんだろう。
悔しくて、哀しくて、辛くて。
でも。
オレは、あの大好きな青い瞳の奥に潜んでいる
優しさを知っているから。
絶対に、ヘタレるワケにはいかない。・・・負けない。
銀次は、キュっと拳を握りしめた。
「蛮ちゃん・・」
スグ隣に居るというのに、近づけないなんて。
「オレは・・絶対・・・」
手を伸ばそうとするだけで、体中の皮膚がざわめき、息が苦しくなる。
それでも。
ココロはこんなにも求めているから。
「蛮ちゃんが・・どんなつもりでいても・・・オレは一緒にいたいんだからね!」
ありったけの想いを込めて、渾身のチカラを振り絞って。
「蛮ちゃん・・・!」
銀次は、蛮の胸元に飛び込んだ。
*****
「銀次・・・」
腕を伸ばし、電撃を放つ。
たったそれだけの動作すら、不可能だと思っていたのに。
「・・・電撃以上の必殺技を・・・受けてみて・・蛮ちゃん」
「・・・!」
経験したコトのない、凄まじい悪寒に苛まれている中で。
ヒトとしての本能が、忌まわしさを拒否している中で。
銀次の柔らかな唇が、蛮のソレに押しつけられた。
蛮は、信じられない思いで、銀次を見つめていた。
澄んだ琥珀色の瞳。
・・・潤んではいても、決して怯んではいなかった。
「コレが・・オレの、答えだよ」
「・・・あぁ・・・」
「大好き・・オレは蛮ちゃんが、好き。今だってちっとも怖くない」
どうしようもなく暖かな想いが。
溢れるような感情が・・蛮の胸へ、ストレートに伝わって来た。
そうだ。銀次のヤローはいつだって・・・
自分の信じた道を、ためらわずまっすぐに進んでいける。
その、しなやかな強さを―――蛮は忘れていた。
*****
解放していた本性を、蛮は封じた。
一瞬にして、銀次を取り巻いていた空気が変わる。
「・・あっ・・・」
「おっと、大丈夫か?・・オレが言うのもなんだけどよ」
不意に緊張の糸が切れて、銀次が崩れ落ちそうになるのを
蛮はしっかりと支えて抱きしめた。
「・・・えへへ・・・どう?少しは見直してくれた?」
「銀次・・・」
銀次の素直な言葉と、柔らかな微笑がたまらなく愛しかった。
すがっていたのは、テメーの方だ。
絶対に、失いたくはないと執着していたのも、オレの方。
心で、躯で、束縛してきた。
蛮は、本当は・・・自分でも持て余していた相棒への逡巡を
断ち切るつもりでいたのに。
銀次を巻き込みたくない一心で、この機会に2人の関係を
リセットするつもりでいたのに。
完敗。
初めて銀次に本性を見せて。
初めて銀次に、負けた。
・・・コイツにゃぁ、ホント、適わねぇ・・
苦笑して琥珀の瞳をのぞき込む。
「オメーは、強ぇな」
「そっかなぁ?」
「あんだけのプレッシャーん中に、よく踏み込めたな」
銀次は、突然肩を振るわせた。
泣いてるのかと思いきや・・・クスクスと笑いを漏らした。
「あはっ・・・なにゆってんのさ」
「あ?」
「先に踏み込んできたのは、蛮ちゃんの方じゃんか」
「・・・あぁ?」
訝しげな蛮を見上げて更にクスっと笑う。
「あの時・・・無限城で初めて出会った時・・・オレの電撃をかいくぐってさ。
あんな近くまで踏み込んできたのは、蛮ちゃんが初めてだったよ」
「そうだっけか」
「うん・・・オレの目の前にあらわれてくれた」
そう言うと、銀次は蛮の胸に顔を埋めた。
指になじむ金糸の髪をなでながら、蛮は当時の心情を吐露した。
「銀次。オレがあえてオメーの領域に踏み込んだのは・・・
ちっとばかし自分勝手なワケがあんだよ」
―――確かに、出会った瞬間、蛮は雷帝に惹かれた。
・・・あまりにも強く、でもココロはあまりにも脆く・・・辛そうな生き方をしていた・・
どうしたって、手に入れたいと・・・奪いたいと思った。
どこか自分に似ている、この命を・・己の手にかけて、絶ってやりてぇと・・思った・・・。
蛮の悲痛な告白に微塵も動揺せず、銀次は顔を上げて微笑んだ。
「知ってたよ。そんなコト」
「・・なに?」
「最初から、知ってた」
なんの躊躇もなく、まっすぐに蛮の瞳をとらえて言い放つ。
「知ってたんなら・・どうして城を出て・・オレの元へ来たんだ・・?」
「蛮ちゃんの側にいられるなら、どんな理由でも構わないと思ったから・・かな」
この筋金入りの脳天気さには、誰だって適わないだろうと
蛮は半ば呆れて肩をすくめた。
「・・・やっぱ、アホだな・・オメー・・」
「えへっ。今頃気づいたの?」
得意げな、相棒の返事に苦笑する。
「あのね。それに・・そんな蛮ちゃんだからこそ、惹かれたんだ」
「へぇ?」
「だって、オレも同じだったから」
銀次も、今まで秘めていた想いを告白し始めた。
『雷帝』という、恐怖で他人を支配するだけの哀しい存在だったオレは・・・
・・・同等の強さと脆さを合わせ持つ者を・・共に滅ぶことが出来る相手を・・
・・・共鳴者を求めていた、と。
「そっか」
「うん」
「同じだな」
「うん。こんなカタチで出会うしか・・きっとオレは救われなかったと思う」
それも同じだ、と蛮は心の中だけでつぶやいた。
―――互いの命をやりとりするため、近づいて、惹かれあった。
そんな話を、まるで睦言のように交わす2人は・・・
それが、どれだけ強い絆に裏打ちされた告白だったかに、気づいていなかった。
「しっかし、何で今更・・こんな話してんだろな?」
「・・・オレにはワカってるケド・・笑わないで聞いてね」
「あぁ」
「きっとね・・・今、本気で好きになったから・・だよ」
「・・・・・・。」
一瞬の間をおいて、蛮はおもむろに噴き出した。
「〜〜もう!笑わないでってゆったのに・・!」
「・・・ははっ・・悪ぃ」
こんな返事をされたら、どうしたって頬が緩む。
笑うなと言われたトコロで、こればっかりは無理だった。
*****
2人はそっとホンキートンクに戻り、すっかり冷えてしまった体をベッドに横たえた。
間近に互いの温もりを感じながら、黙って天井を見上げていた。
穏やかなまどろみの中で、銀次がポソっとつぶやく。
「ねぇ蛮ちゃん・・・子供作るのと、セックスって、別だよね」
「・・・はぁ?オメー、今何つった」
相棒の思いがけない言葉に、蛮は少し狼狽した。
「だからぁ。・・・蛮ちゃんだって、オレだって、いつかは女の子と結婚してさ。
お父さんになるかも、でしょ?」
何と答えていいのやら。蛮は起きあがると、とりあえずタバコに火を付けた。
「そゆコトと、オレらが・・・その、抱き合うコトってさぁ。・・・別にして考えてイイよね?」
蛮の返事を待たず、独り言めいて銀次は急いで付け足した。
「・・・あんな素敵なコトが悪いコトだなんて、思えないんだモン」
素敵、という表現に、蛮は苦笑する。
「オレが血を残せねぇっつったコト、気にしてんのか」
「・・・うん。何か、もう蛮ちゃんと出来なくったらヤダなーって」
言ってから、今更のように銀次は赤面してしまった。
「ったーく。そうやってよ・・・これからもオレ様を振り回すんだろーな」
「えっ??」
「アホ。オメーみてぇに『美味そう』なヤツ、手ぇ出さずにいられっと思うか?」
「・・・そっか。ヨカッタぁ」
安堵して、嬉しそうに銀次は大好きな背中に抱きついた。
「男同士でするのが、ホントはどういう意味があるのかワカんないけどね」
「オレにだってワカんねぇよ。・・・ってか、意味なんていらねーだろ」
「うん!・・・誰よりも側で、蛮ちゃんを強くカンジてるとシアワセ」
銀次の、この無自覚な色艶にあてられて、蛮は思わず小声でぼやいてしまった。
『・・・あんま煽るなっての。店ん中でヤるワケにゃいかねーだろが・・・』
「んぁ?今何てゆったの?」
何でもねぇよ、と囁いて、蛮は銀次の唇を塞いだ。
「・・・もう寝ろ」
「うん。・・・お休み、蛮ちゃん」
悩んで、泣いて、傷ついて、傷つけて。
2人で歩いて行く道を、やっと見つけた。
最後の場所へたどり着くまで、誰にも本当の答えなんてワカりはしない。
奪還と同じ。
ならば、オレ達は、その時になるまで・・・
ずっと・・・一緒に答えを探していけばいい。
たったそれだけのコトを知るのに、遠回りをしたけど。
コレだけは誓う。
最後の1ピースは、きっと2人ではめよう。
―――もうすぐ夜が明ける。
今日は、きっと爽やかに晴れ渡るだろう。
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はい。こんなカンジで、ようやっとお終いなのです
えー・・・。(焦)))
諸事情によりまして、月いちで更新する予定が大幅に狂いました (T_T)
本来なら寒い時期に終われるハズの
冬のお話し・・・なんだよなぁ〜〜。。。あははーー。
イロイロと不備や書き残しも有りますが・・・ひとまずUPできたのでホっと一息〜〜。
続き話しを書くのって、絶対タイヘンだろーなぁと思ってましたが。
いやはや。
ホントにタイヘンでしたよぅ。やっぱし無謀な挑戦でした。もう書けませーん。
季節感ズレまくりですが、ちょこっとでも楽しんでいただければサイワイに存じますぅ。
長々とおつき合い、有り難う御座いました♪ 2004.06.29. 真