〈 Recapture 〉
*****
見舞いに来たいつもの連中を、珍しく早々に追い返して
銀次は蛮と口づけを交わしてばかりいた。
「オレ、無限城に居た頃も、あんな怖い思いしたコトなかったよぉ」
「あ?こんぐれーのコトで大げさなヤローだな」
頬を寄せ合い、囁くような会話の間でさえ
唇の先は触れ合わせたまま。
「だって、鉄の棒がお腹を貫通したんだよ?」
「んなモン、クソ屍や夏彦の剣に比べたらどってコトねぇだろ」
「でも、蛮ちゃん、いくら呼んでも返事してくんないし・・・
真っ青なカオしてたし、血もいっぱい出て・・」
まだ少し震えの残る声に、蛮は
銀次の受けた精神的なダメージの強さを思い知る。
「いーじゃねぇか、もう。
こうしてオレ様は無敵だって、証明してやってんだからよ?」
そう言って下唇を甘咬みしてやった。
もっと激しくディープなヤツをくれてやりたいトコロだったが
鎖骨辺りから注入されている点滴が終わるまでは
じっとしているしかなかった。
なにしろ、銀次が異様に心配するから。
「んっ・・・」
面会を許されてからずっと。
幾度となく唇を重ねているのに、銀次はいっこうに
笑顔を見せない。
「蛮ちゃん・・・オレね・・」
それどころか、キスをするごとに
目を潤ませていく。
「ホントに、もうすっごくコワかったんだからぁ〜」
「おい、銀次・・・?」
まだノリの効いている真っ白なシーツに
銀次はポタポタと涙を落とした。
西新宿病院の個室は清潔すぎて、ベッドに横たわる蛮は
かえって居心地が悪かった。
―――・・・実はスバルごと、2人は交通事故に巻き込まれてしまったのだ。
しかし、これまでの金運の無さを幸運に換えるがごとく
銀次も車体もほとんど無事だった。
更に幸いなことに、加害者側は相当な金持ちで
しかもまっとうな人物であった。
見舞金に、スバルの修理代はもちろんのこと
こうして個室まで手配してくれたのだ。
ただ一つ最悪だったのは、事故の衝撃で折れた標識が
右側のサイドウィンドを突き破って、蛮の脇腹に刺さったことだ。
周りへの被害を最小限に留めることに集中していては
流石の蛮も完璧に避けることは出来なかった。
「なーに泣いてんだテメーは。んな事故のドコが怖ェんだよ。
無限城の方がよっぽど―――」
「違うよ〜」
「あ?」
「事故がコワかったんじゃないよ〜。蛮ちゃんが目を覚まさなかったら
どうしようかと思って・・オレ・・オレ・・!」
その言葉で、蛮は先程からの
らしくない相棒の様子に、ようやく納得した。
シゴトやバトル中ならともかく、真っ昼間の街中。
買い物帰りという何とも平和な状況での、突然の事故。
そして自分は
蛮の為に出来ることなど何一つ無かったという痛恨。
銀次の過剰な反応も、無理はない。
キズにさわるのを恐れ
抱きつきたいのをぐっと堪えている相棒を察して
蛮は左腕を伸ばし、銀次を胸元に引き寄せてやった。
「蛮ちゃん!動いちゃダメだよ」
「アホ。オレ様がそんな弱っちいワケねーだろ?」
確かに、無敵はともかく不死身は自称してもよいぐらいの
体力と回復力で、蛮は1日で意識を取り戻しはしたが。
「それはそうだけど。でも・・」
銀次にとって、どれほど辛くて長い時間であったかは
誰よりも蛮が一番よく知っている。
自分を目の前にして無事を確かめ、口づけしても尚残る
銀次の喪失感―――手足の先が冷えるような、鉛を飲み込んだような
躯の重みと冷たさ―――の正体は、『恐れ』だ。
数々の修羅場をくぐり抜けてきた蛮が
『事故』という日常事で倒れたショック。
安否が判明するまで、ひたすら『待つ』だけの数時間。
―――誰よりも大切なヒトを、失うかもしれない恐怖。
今回は確かに無事だった。
だけど、また、いつ、こんな目に遭うかも解らない。
今、手にしている幸せを噛み締める気持ちよりも
不確定な未来への不安が抑えきれなくなってしまう。
拉致られたり、はぐれたりのお騒がせな相棒を持ったおかげで
蛮が何度も味わわされて来たことだ。
・・・だから。
「しゃーねぇな。もっとハッキリさせてやっか」
「何を?」
「オレ様は、ぜってー大丈夫だってコトをよ?」
どうすれば手っ取り早くその空虚さを埋めてやれるかも
よくよく知っている。
まだ僅かに残っていた点滴薬を無視して
蛮はおもむろに針を引き抜いてしまった。
「ちょっと!蛮ちゃん、何してんの!」
「何だか知んねーが、ハラん中冷えちまってんだろ?オメーは」
慌てて枕際のナースコールに手を伸ばそうと
覆い被さってきた銀次を
蛮は半身を起こして制し、そのまま抱きしめた。
「蛮ちゃん、起きちゃダメだってばぁ〜」
「そんな情けねぇツラしてんじゃねー」
「オレのコトなんか、どうだっていいよぉ」
「あ゛?よかねーよ。タコ!」
「んっ・・・・・・」
これまでのキスとは、ハッキリ趣向を変えて
蛮は『攻撃態勢』であることを銀次に知らしめた。
「ダッ、ダメだよ!蛮ちゃん、絶対だめ〜」
「オレ様がイイっつってんだ」
「そんなコトゆわれたって・・」
「コレが一番のクスリなんだよ。オレも、オメーも」
「蛮ちゃん、めちゃくちゃゆってるよ」
そうは言っても、銀次が蛮を拒めるワケがなかった。
*****
銀次は、本当は苦手なクセに
騎乗位でシて欲しいとせがんだ。
「オレはかまわねーケド。前はテメーでヤんのか?」
「ん・・このままで・・・イイの・・」
向かい合えば、どうしたってしがみついてしまう。
傷に負担をかけてしまうから、と言って蛮に背を向け腰をおとした。
「あうっ・・・く・・・」
「銀次・・・ちっと下がりな」
「あっ・・・この角度でイイ?・・ばんちゃん・・キモチイイ?」
「ワルかねぇぜ?・・だいぶ・・・上手くなったな」
もう少し大胆に動こうとしたのか
目の前で銀次のしなやかな背中が、辛そうに反り返った。
拠り所がなく、上体の不安定さが銀次の解放を妨げているらしい。
「ん・・・ふっ・・・っあ・・ぁ」
「・・銀次・・イけねぇんだろ・・?」
「んぅ・・ちょっと・・せつないよぉ・・」
「・・・だから・・オレが乗ってやるっつったんだよ」
「ダメ・・・キズが開いちゃう・・ダメだよ」
この期に及んでも、まだ蛮の体調を気遣っている。
銀次がヘンなところで意地を張るヤツだということを
蛮はあらためて思い知らされた。
「・・・ったく。オラ、銀次。ちっと動くのヤメロ」
有無を言わさず腕を伸ばして
銀次の躯を抑えつけた。
「や・・・だよ」
「いーから!・・ムリしねぇから、オレにヤらせろ」
「・・・ゴメン。蛮ちゃん」
「いちいち謝るなってーの!」
「・・あい。でも、蛮ちゃんがシンパイなのです」
「タレたってダーメーだ」
「うー。だってぇ・・」
「・・・ったく・・」
何のかの言いつつ、蛮のリードに銀次は弱い。
後ろから銀次の頭を優しく抱え込んで、うなじにキスを落とす。
「やたら動きゃイイってモンでもねーんだぜ?」
「・・・んっ」
銀次の息が整うのを待ち、ポイントに当たるよう腰の位置をずらすと
それだけで銀次は反応した。
「あ・・・・」
「・・・な?」
「・・・うん・・」
自分のナカで、蛮がうごめくのを感じる。
命の証を誇示すように、銀次の本能に触れてくる。
上体を屈めると、やはり痛みが蛮のカオをしかめさせたが
銀次に見えないコトをさいわいに
そのままゆっくりと律動を始めた。
「あぁっ・・・やっ・・・ん」
誰にも届かないハズの、オレの柔らかなトコロで・・
蛮ちゃんが・・ココに居るって・・教えてくれてる・・・。
気の遠くなるような、どうしようもない安堵と快感に
身を委ねてしまいたかったけど。
今、この肝心な時に意識を失うのだけは、絶対にイヤだったから。
「は・・・ぅ・・」
自らのモノを握り、手と蛮の間で銀次も腰を揺らした。
*****
おそらく、銀次には初めての経験。
こんなにもゆったりと昇り詰め
ゆるやかな解放で充分に満ち足りている。
「どうよ、オレ様の万能薬は。効果絶大だろ?」
「んっ。・・ありがとう、蛮ちゃん・・」
銀次の全てをここまで手に入れながら
蛮は今更のような独占欲に捕らわれていた。
「オレ、もう、どうしようもなく蛮ちゃんが好き・・・」
銀次がようやく見せた、この穏やかな笑顔。
―――コイツだきゃぁ、オレだって失いたかねぇんだよ。
本当は。
あの事故の瞬間に
自分も銀次に会えなくなるコトを
恐れる気持ちがなかったとは言えない。
銀次の笑顔を失わせる一番の原因が自分にあることも
自惚れではなく、自覚している。
いつか、銀次の為に
当の銀次を振り切らねばならない場合もあるだろう。
その時、躊躇なく銀次に背を向けるコトが出来るだろうか。
『2人で居るコト』があまりにも幸せすぎると
そうではない時、そう出来ない時―――どれだけ脆くなるかなんて
最初からワカっていたはずなのに。
キズよりも深いところが、疼いた。
それでも。
例え何があろうとも、最後に銀次の笑顔を奪り還すのは
テメーのシゴトだと心に決める。
―――奪還屋の誇りにかけて、必ず・・・―――
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本編での2人の再会は、どうやら年を越しそうで、切ないデス・・。 ( ←あはっ★ 翌日再会した〜vv)
それで、こんなハナシを書いてみましたv
久方ぶりに美堂サンが主導権握ってヤってますネ(笑)
でも、一応ケガ人なので、あまり激しいコトは出来ませんでした。
2003.11.18. by 真